カカシ先生が昼食を外でとっていると友達に聞いて、食べかけのお弁当を放り出して言われた場所へ向かったら・・・イチャパラを顔にのせて昼寝をしている先生を見かけた。
自分の気配と足音を消して、そっと・・・そぉ〜っと先生に近づいて本に手をかけようとした瞬間、先生に手をつかまれた。
「あ゛―――――っ!」
「・・・あのね、。いい加減諦めなさいって。」
これが、あたしとカカシ先生のアカデミーでの日常。
「あともう少しだったのに!!!」
「バレバレでしょ。」
「どこが!?」
イルカ先生に褒められるくらい気配を消せるんだよ!?
今日だって褒められたばっかりなのに!!
そんなあたしの表情を見て取ったのか、よいしょっと言って体を起こしたカカシ先生はあたしの頭をポンポンと撫でながら呟いた。
「アカデミーの生徒としちゃ立派だけど・・・」
「けど?」
「オレから見たら全然だな。」
・・・本当にカカシ先生って甘くないよね、イルカ先生と対極って感じ。
でもあたしはそんなカカシ先生だから、好き・・・なんだよね。
サクラやいのはサスケくんに夢中で、カカシ先生の後を追いかけるあたしの事を変だって言う。
そりゃ12歳のあたしが14歳も年上の先生の後を追いかけるのは変かもしれないけど、好きなんだからしょうがないじゃん!
それに、好きな人の事を知りたいって言うのは当然でしょ?
サクラ達もサスケくんが持ってる筆記用具と同じの買いに行ったりしてるじゃん。
でも、あたしにはそれが出来ない。
だって・・・カカシ先生が肌身離さず持ってる物は、アレなんだもん。
「・・・ねぇ先生。」
「んー?」
「イチャイチャパラダイスって面白いの?」
「あぁ。」
ぶっきらぼうにそう呟くと、隣にあたしがいるのに先生は本を開いて目を細めて読み始めた。
そう、先生が肌身離さず持っているのは木の葉の里でベストセラーをなっている「イチャイチャパラダイス」これがただの本なら普通に本屋さんに買いに行くんだけど・・・この本、18禁なんだよね。
18禁・・・18歳未満、未成年お断り。
という事は、あたしは本屋に行っても買えないし立ち読みも出来ない。
カカシ先生が楽しげに読んでる本の内容が知りたくて、暇を見てはカカシ先生の本を奪おうと努力して・・・はや16戦16敗、はぁ前途多難。
また別の日、どうしても隙をうかがえないから今日は正面からぶつかってみた。
「ねぇ先生ってば!」
「いつもいつも頑張るねぇ・・・」
いつもののんびりした口調で腰に巻きついているあたしの事なんか気にせず歩く先生。
くぅーっ!ずるずる引きずられたって絶対にこの手離さないんだから!!
「お願い!一枚目だけでいいから!!」
「ダーメ。」
「じゃぁ目次だけ!!」
「あのね・・・」
「お願い!!」
「・・・やれやれ。」
先生がため息をつくと同時に掴んでいた手の感触が違う事に気付いて顔を上げると、先生の身体が・・・丸太に変わっていた。
いわゆる ――― 変わり身の術。
「あああっっ逃げられたっ!」
掴んでいた丸太を放り投げて、恐らく近くであたしの様子を見ているであろう人物の名前を叫んだ。
「カカシ先生のバカァー!!」
記念すべき・・・100戦目の時だったと思う。
そして、アカデミー卒業・・・下忍試験合格。
それでもあたしはカカシ先生から、本を奪う事は出来なかった。
正面からカカシ先生の本を取りに行かなくても、別の手段で本の中身を確認する事はいくらだって出来た。
年を重ねるにつれ、年令を誤魔化して本を手にする子も増えていったから頼めばすぐに見る事だって出来た。
でも、あたしが見たかったのは・・・カカシ先生が持っている、本だから。
「・・・あ〜っっもうちょっとだったのに!」
中忍になって初めて下忍の子達と任務へ赴く前にカカシ先生を見つけ、いつもの様に読んでいる本に手を伸ばしたけれど、あと少しの所であっさりと腕をねじ伏せられてしまった。
「・・・お前そんなんで大丈夫か?」
ねじられた腕を背中に当てられ、少し心配そうな声が耳元に聞こえた。
うぅ・・・やっぱりあたしって中忍になってもカカシ先生から見たら手のかかる生徒なのかな。
「だ、大丈夫ですよ!」
「・・・本当か?」
「はい!」
何時までもカカシ先生に心配かける生徒でいたくない。
そんな思いも込めて元気良く返事をすると、掴んでいた手を解いてカカシ先生は小さな声で何かを呟いた。
「・・・ま、は大抵のヤツは叩きのめせるから大丈夫か。オレ以外は。」
「は?」
「いーや、なんでもない。」
「え?なんですか?教えて下さいよ!」
「コレが取れるようになったら教えてやるよ。」
ヒラヒラとあたしの目の前で揺れているのは・・・イチャイチャパラダイス。
「あ―――――!!」
「がこの本取れるのはいつの日だろうねぇ〜・・・」
そう呟くと、カカシ先生はあっという間にあたしの前から姿を消した。
「・・・悔しいぃ〜!」
それから年月も経って・・・あたしは特別上忍となり、くの一としてS級任務を火影様から任せられるようになった。
家で荷物をまとめている途中、上忍待機所に忘れ物をしたのを思い出して取りに戻ると・・・いつもは数人の上忍がいるはずの待機所に、カカシ先生ただ一人がいた。
アカデミーの頃と同じ、目を細めながら随分くたびれたイチャパラを読んでいる先生。
それが当たり前の光景だったけど、暫く会えないんだ・・・と思うと急に胸が締め付けられる気がした。
ゆっくり、ゆっくりカカシ先生のいる場所へ足を進める。
今では誰よりも気配を消す術を覚え、誰よりも素早い動きを身につけた。
それらは全て自分の能力を伸ばす為・・・じゃない。
ただ、この人の事が知りたかったから・・・少しでも先生に近づきたかったから。
「か?」
視線を本から外さずあと少しの距離に近づいたあたしの名前を呼ぶ。
――― やっぱり、ダメだった。
「・・・はい。」
返事をするのに少し時間がかかった。
だって、こんな風に名前を呼ばれるのも・・・もう暫くない、ううんヘタすると・・・二度と名前を呼んで貰えないかもしれない。
今からあたしが行く場所は、そんな所だから。
「・・・S級任務任せられるようになったんだってな。」
読んでいたイチャパラを閉じて机に置いて、椅子ごと体を反転させあたしの方を見たカカシ先生は・・・笑顔だった。
「半年の潜伏任務だろう?」
「・・・はい。」
「体には気をつけてな。」
その言葉は・・・やっぱり昔と変わらない。
アカデミーにいたあたしに、生徒に対する態度と同じ。
それがちょっと・・・寂しかった。
「?」
「・・・」
『忍び足る者どのような状況においても感情を表にだすべからず』
・・・三代目火影様にそう言われた事があったけど、今は・・・
気付けばポツリポツリと涙が零れ落ちて、頬をつたいながら目の前に座っていたカカシ先生の手に落ちていく。
口を開けば弱音を吐いてしまう、一番見せたくない姿を一番見せたくない人に見せる事になる。
あたしは机の上に忘れていった扇子を手に取ると、印を結びその場から何も言わず姿を消した。
――― 本当は忘れ物なんてどうでも良かった。ただ、カカシ先生に会いたかっただけなのに。
木の葉の里全体が見える高台に腰を下ろし、誰もいないのを確認するときつく噛み締めていた唇をゆっくり開く。
それと同時にあふれ出す、涙。
「ひっく・・・っ・・・・えっ・・・」
まるで自分自身を抱きしめるかのようにギュッと膝を抱える。
カカシ先生につりあうように今まで頑張ってきた。
その頑張りが認められ・・・火影様から直接今回の任務が言い渡された。
でももし―――あたしが失敗したら?そう考えると急に怖くなった。
「えっ・・・ひっく・・・ぅ・・・」
手の甲で涙を拭おうとして、ふと自分が手に持っている物に違和感を感じて目を開けると・・・扇子を掴んだはずの手には、木の棒が握られていた。
「・・・は?」
「全く、いつまで経ってもお前はおっちょこちょいだね。」
頭上から目の前に下ろされ左右に揺れているのは・・・扇子、そしてこの声は。
「カッカカシ先生!?」
「あ〜らら、凄い顔。」
「っっ!!」
慌てて両手で顔を隠すけど、そんなのは泣いていたって事を肯定するだけ。
「忘れ物届けに来たらお前がそんな風に泣いてるから・・・」
「す、すみません。」
「謝る事じゃない。誰だって初の単独任務とくればそんな風になるさ。」
そう言うとカカシ先生はあたしの手を掴んで扇子をぎゅっと握らせてくれた。
「あ、ありがとうござ・・・」
お礼を言いかけたあたしの体は・・・信じられない事にカカシ先生の腕の中にいた。
「・・・え?」
自分の身に何が起きているのか分からなくて、思わず何度も瞬きをした。
「必ず帰って来い。オレは・・・待ってるから。」
「せん・・・せ?」
「半年後、お前が任務を終えて帰って来る時・・・ちゃんと待っててやる。だから必ず・・・帰って来い。」
その言葉がどういう意味なのか、その時は分からなかったけど・・・ただ先生が待っててくれるという言葉が嬉しかった。
ずっと触れる事のなかった先生の背中に両手を回してギュッと抱きつくと、先生も同じように抱きしめてくれて頭を撫でてくれた。
「お前は・・・大丈夫だよ。」
「・・・・・・はい。」
「オレがただ一人認めた・・・立派なくの一だからな。」
「・・・い。」
それから日が暮れるまで、カカシ先生はずっとあたしを抱きしめてくれていた。